正しい道を、選べたわけじゃない。
小さく生まれて、転校して、留年もした。順調そうに見えた会社も辞めた。どれもその瞬間は、傍から見たら正解になんて見えない。ただ、その時の自分を、選んだあとで正解にしていくことはできる。私がやってきたのは、だいたいそれ。だからこのページでは、遠回りも含めて、生き方で証明していく。
予定より早く、この世に出てきた。
1994年、東京生まれ。育ちは逗子。本当は5月に生まれる予定だった。双子の片方がお腹の中で亡くなり、3月に帝王切開で早く生まれてきた。生まれたときは1,600g。体が小さくて、いじめられていた時期もある。ただ、当時はまだ自分というものが薄くて、いじめられていることにすら気づいていなかったのだと思う。輪の中にはいる。でも、場を動かすほどの存在感はなく、ただそこにいる小さな存在だった。
理系だと思っていた。物理6点、数学16点。
高校受験では猛勉強した。高専の1年目も、最初はかなり余裕があった。でも、その余裕に胡坐をかいて勉強しなくなった。テスト前に普通にゲームをして、気づけば物理は100点満点中6点、数学は16点。授業にも完全についていけなくなった。本当に留年するんだ、と他人事みたいに感じた。ただ、留年して一つ下の代と過ごすようになってから、周りの見え方が変わった。ずっと縮こまっていた感覚が少しほどけて、自信と積極性が出てきた。勉強に向き合えたのも、その変化が先にあったからだと思う。
会社は好きだった。でも、先が見えてしまった。
群馬大学を経て広告代理店へ。社長のそばで働き、半期MVPを二度。仕事も、人も、社長も好きだった。ただ、業績が落ちたときに見えたものがある。熱く楽しそうだった社長が苦しそうになり、売上のためにやりたくない仕事も選ばざるを得ない。ここで昇進しても、自分のやりたいことはできない。そう思った。
独立して、ハンドルを握った。
2019年夏に独立。月に100件のアポイントを入れたこともある。広告、紹介、イベント、ラーメン店、Web3の発信。きれいな仕事ばかりではなかったし、正直かなり泥くさい時期もある。でも一番よかったのは、自分の人生のハンドルを自分で握っている感覚だった。決めるのは自分。失敗しても、自分で回収する。
一人の人生に、ちゃんと付き合う。
今はLCAでトレーナーをしている。仕事は、気持ちよく励ますことではない。その人の人生にコミットして、あり方と資産形成の両方に伴走すること。自分だけ幸せになっても、たぶん私は満足しない。お金を持っても、面白い経験をしても、一人だとつまらない。仲間と共有したいし、応援するし、応援される人でいたい。
LCAに出会って、人生の前提が変わった。
LCAで変わったのは、仕事だけじゃない。Web3に出会い、分からないまま本気で発信して、Xで1万人フォロワーまで行った。今はAIも、仕事や制作の進め方そのものを変えるものとして触っている。昔どこかで諦めていた、有名になりたい、みたいな気持ちも少し叶った。美食攻略、鎌倉の北じま、ワイン、日本酒、サウナ。関西や福岡まで、LCAの人に会いに行くことも増えた。自分だけでは選ばなかった遊びや人が、生活の中に入ってきた。