正しくは、なかった。でも正解にした。

先に言っておくと、まっすぐな経歴ではない。予定より早く生まれた。転校して、体の小ささでいじめられていた時期もあった。物理6点、数学16点で留年した。でも、そこで崩れたままにはしなかった。選んだ道を、あとから正解にしてきた。

1,600gで生まれた。

1994年3月30日、東京で生まれた。本当は5月に生まれる予定だった。双子の片方がお腹の中で亡くなり、帝王切開で早くこの世に出てきた。体重は1,600g。育ちは海の近い逗子。体はずっと小さかった。

輪の中にはいる。でも、存在感は薄かった。

小学校1年生で転校した。体が小さくて、いじめられていた時期もある。ただ、当時の記憶はほとんどない。いじめられていることにすら、ちゃんと気づいていなかったのだと思う。輪の中にはいる。でも、場を動かすほどの存在感はなく、ただそこにいる小さな存在だった。今振り返ると、そのイメージが近い。

物理6点、数学16点。

情報工学とAIを学びたくて東京高専へ。高校受験では猛勉強したから、最初はかなり余裕があった。でも、その余裕に胡坐をかいた。勉強しなくなり、授業にもついていけなくなった。物理は100点満点中6点。数学は16点。自分は理系だと思っていたけれど、実はそうでもなかった。

本当に留年するんだ、と思った。

テスト前に普通にゲームをしていた。留年が決まったときも、どこか他人事みたいだった。本当に留年するんだ、と思った。ただ、一つ下の代と過ごすことになって、周りの見え方が変わった。それまでは周りの方が大きく見えて、ずっと縮こまっていた。留年したことで、その感覚が少しほどけた。自信が出て、積極性も出た。勉強にも、学外の活動にも向き合えるようになった。結果を自分で正解にしていく、という感覚はここでかなり育った。

ベンチに座っている岩田啓太郎の自然体の写真
失敗に見えた時間も、あとから使い方は変えられる。

会社は好きだった。でも独立を選んだ。

2017年、設立4年目の広告代理店に入った。社長の近くで働き、半期MVPを二度。仕事は面白かったし、人も会社も好きだった。ただ、株式会社という形の限界も見えた。業績が下がると、社長が苦しそうになる。売上のために、やりたくない仕事も選ばざるを得ない。この中で上に行っても、自分のやりたいことはできない。そう思った。

自分の人生の、ハンドルを握った。

2019年に独立。月100件のアポイント、広告、ラーメン店、イベント、Web3の発信。いろいろやった。きれいに一本の道、という感じではない。うまくいったことも、微妙だったこともある。でも、自分で決めて、自分で回収する感覚は強くなった。今はLCAでトレーナー。あり方と資産形成の両方から、その人の人生に伴走している。

ここから先は、前提が変わった話。

正解にしてきた話はここまで。LCAに出会ってから、人生の前提が変わった。Web3、美食攻略、関西や福岡へ人に会いに行く旅、サウナ、ワイン、日本酒。会社員だった頃の私なら、自分からは選ばなかったものばかり。

LCAの場で女性がマイクを持って話している場面
人が、自分から話し出す瞬間。ここに立ち会いたくてやっている。
前提が変わった話を読む 事実だけ、確かめる